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神が死んだとすれば現実は地獄でしか

一般・社会

xkxaxkx.hatenablog.com

で、何が怖いのかというと、自我とか意識が無に帰す、というのが怖い。そして、それが1年、10年というレベルではなく何十億年も永遠にそういう風でありつづける、というのが恐ろしい。まあ、無として存在しつづける、というのもなんだか変な言い方だし、哲学的な話になってしまいそうではあるけれど。とりあえず、どうなってしまうのかワケがわからないので怖すぎる。もちろん僕が生まれて自我を持つ前というのはそれと同様の状態であったと思う。じゃあ、生まれる前、僕はどうなっていたんだとか、僕という存在、肉体としてではなく意識としての僕という存在は何なのかとか、そんなこと考えだしたりしてしまうと眠れない。冷や汗が出るほどだ。もちろん正解なんてものはないんだけど。

 



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あなたのための物語

先日、長谷川敏司「あなたのための物語」を読んだ。

主人公サマンサは、人間の意識や感情をプロトコル化する技術を確立した。
人間の思考や意識が複雑な電気信号だとすれば、たとえ複雑であろうと取り出し再現することも不可能ではない。
ノイズを取り除き、感情や思考を電気信号として取り出し他の人間に移すこともできる。

しかしそんな中、サマンサは不治の病にかかる。
一日一日少なくなりつつある残り少ない命を前にサマンサはあがく。

サマンサが田舎へ帰る場面があり、そこでサマンサは長らく会っていなかった両親と話す。
そこで母はサマンサに信仰と神を説く。

「おまえがどんなにかたくなでも、神様は見守っていてくださるんだよ。おまえは聖書をただのおとぎ話だと思っているけど、おまえが自分自身を愛するより深く神様はおまえを愛してくださるんだよ」
「それはママのための物語で、わたしのための物語じゃないわ」

※引用、太字部は傍点

サマンサは人間の思考を司ることば(プロトコル)を見つけた。
そして自分自身の思考も電気信号からなるプロトコルに変換ができる……人間の自由意思というモノが単純な電気の強弱でしかないと暴いてしまった。
サマンサの神は、どこにもいない。
天国はないし、魂は存在しない。
人間が死んでも21g軽くなりはしない。
死は終わり、絶対的な無。

サマンサの信仰は科学。
科学によって「人間の死は無である」ことが明らかになった。
だからこそ、死を前にしてもサマンサは救われない。

科学という宗教は、人間の存在や尊厳を救うために存在していない。
死は生物個体の単なる終わりでしかないと言う。
そこに命の尊厳などない。

世界は変わらずそこにある。
誰かはテレビを見て、笑い転げ、美味いものを食べ、ネットバトルにいそしむ。
なのに、自分だけが苦しみ、死を迎え、自分の中の、自分の全てが一瞬でなくなる。

科学が人間に与える人間という矮小な生物の限界。
この世界を含む全ても、やがて熱的死を迎えることを予言するが、それは自分の死に対して何の救いにもならない。
 

サマンサの母は信仰がある。
信仰の物語は、死に際しても救いを与える。

地獄とは神の不在なり

現代、不幸なのは科学の発展によって神の不在が明らかになった。
人間という高尚なはずの存在も、実は日々屠殺され食料として消費される牛や豚と変わらないただの生物でしかないと露呈した。

今や、神も仏も信仰もない。
なら死ねばそこには無しかない。
しかし科学が発展しても死は避けられない。

そのために神への信仰(placebo)があったのに。
それがイワシの頭であれ、信じる者だけは救われる。

もしどこにも神がいないとすれば、この世界はそれこそ地獄だろう。
地獄とは神の不在なり。

なぜなら、無条件の愛はなにも求めないからだ。たとえ報われることすらなくとも。
(中略)
ニールは依然として神を愛している。それが真の信仰の姿なのである。
地獄とは神の不在なり Hell Is the Absence of God/テッド・チャン

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

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